ムエチャイヤーの門下生が守らなければならない八ヶ条の訓であ る。

(一)  両親、師匠、恩人の教え・指導を従うこと

(二)  国家、宗教、国王を愛すること

(三)  行動、言葉、思想を慎むこと

(四)  健康を大事にして、正直な生活をすること

(五)  仲間を助け合って、弱者の虐めをしないこと

(六)  社会・国家のために善行をすること

(七)  騒ぎ・争いに踏み込むことをしないこと

(八)  ムエチャイヤーの伝統を守ること 


ムエチャイヤーの歴史

ムエチャイヤーの歴史は、マー大師という僧侶から始まる。
本名も出身も不明。ラーマ3世(ナンクラーオ王 1824〜1854) の末期にチャイヤー市にやって来た後、拳闘技を市民に教えて、たくさんの弟子を持った。拳闘技も呪術も得意。ムエチャイヤーの創始者であるとは言える。

チャイヤー(別名はプムリアン)という町は、古代から南部の勢力領域になっていた。昔は、市長たちは拳闘試合のために拳闘士団を持って拳闘士を抱えることが普通でした。拳闘士団に属する拳闘士が租税も労働奉仕も免除されて、日給も貰えた。

ラーマ5世(チュラロンコーン王 1868〜1910)の時代には、全国拳闘大会が開催させられた。市長たちが自分の拳闘士団を送りました。この大会では、チュラロンコーン王はロプブリー市、コーラット市、チャイヤー市から来た三人の優れた拳闘士に役人の地位を与えた。それ以来、ムエチャイヤーは盛んに南部に広まったし、たくさんの有名な師匠も出来た。

現代にいたるまでムエチャイヤーの伝承系は、次のように紹介しましょう、


Por Tan Mar マー大師

ムエチャイヤーの創始者。ラーマ3世(ナンクラーオ王 1824〜1854) の末期に首都からやってきた僧侶と言われる。
本名も出身も不明。拳闘技も呪術も得意。

この写真は、スラッタニー県プムリアン市トゥンチャブチャーン寺にあるマー大師の塔である。

Praya Wajeesatayarak (Khum Sriyapi) プラヤー・ヴァチーサタヤラック 
(1844〜1914)
マー大師の弟子。本名はカム。1844年生まれ。1906年、プラヤー・ヴァチーサタヤラックという地位をもらった。1914年3月29日逝去。

Master Kimseng (Sunthon Taweesit) タウィーシッ・スントーン 
(1890〜1961)

アチャーン・キムセン (タウィーシッ・スントーン氏)は、1890年2月13日生まれ。バンコク出身。14歳の頃 、シンガポールに留学して、柔道やボクシング、フェンシングを習った。帰国した後、ムエタイとタイ剣術の修業のためにサラブリー県とアユタヤ県の境界線の森で2年間を過した。25歳になった後、自分のムエタイ教室を立てて有名になった。1934年以前、中央体育局のムエタイ先生になって、全国でたくさんの弟子をもった。1961年7月22日逝去。

GrandMaster Ketr Sriyapi シーヤーパイ・ケート 
(1914〜1978)

1914年11月9日生まれ。プラヤー・ヴァチーサタヤラックの末男として出身。13歳の頃から、学生同士にいじめられたため、護身術の稽古に努めて、父親を含めて12人の先生の稽古を受けた。1921年4月、アチャーン・キムセンの弟子になって、師匠の逝去まで40にわたりムエタイを習っていた。

1948年から1951年にかけて、タマサート・ボクシング・スタジウムの設立に関係した。1952年から、ルムピニ・ボクシング・スタジウムの管理者として勤めていた。70歳の頃には、月刊雑誌 『ファームアンタイ』 にムエタイの歴史や心得に関する記事を書いたので、『ムエタイの大先生』として尊敬された。1978年11月13日逝去。

Master Thong (Thonglor Yalae) チュアチャイヤー・トーン 
(1929〜1995)

1929年8月1日生まれ。バンコク出身。少年の頃 、母親の親戚にムエタイを習ったことがある。後、16歳の頃には、アチャーン・ケート(ケート師匠)の弟子になって、リングの拳闘士の生活を始めたが、24歳の頃、お祖母さんの願いのため、リングにかけることをやめた。数年を経って、アチャーン・ケートとアチャーン・キムセンから稽古を受けた後、自分のムエタイ教室を立てた。

1983年、ラームカムヘーン大学の護身術クラブの学生達と出会った。後、タイ護身術クラブ指導先生としてラームカムヘーン大学生に古流ムエタイを教えてきた。1984年

Master Preang (Amornkit Pramoul) プラムアン・アモーンクリット 

1958年9月1日生まれ。チャンタブリー県出身。1977年には、バンコクに入ってラームカムヘーン大学の法学部に進学した。大学の頃には、大学の護身術クラブ・ムエタイ部に入会したが、後にチャオラームというタイ武器術部に入会して、1977年から1982年にかけてプッタイサワン流、アッタマート流、プラーンノック流など色々なタイの古流剣術の稽古を受けた。

1983年、クルー・トーン(トーン先生)に出会って、ムエチャイヤーの稽古を受けて、後にクルー・トーンに懇請して大学のタイ武器術部の指導をお願いました。この古流武術の価値を実感したうえで、をチャイヤーラット・パーフユット保存協会を設立しました。1985年、ラームカムヘーン大学を卒業して、内務省の工事局に臨時従業員として勤めて、1986年陸軍に入った。1987年以来、弁講師として勤めるかたわらにムエチャイヤー保存活動を行ってきました。