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Tan Mar マー大師
ムエチャイヤーの創始者。ラーマ3世(ナンクラーオ王 1824〜1854)
の末期に首都からやってきた僧侶と言われる。
本名も出身も不明。拳闘技も呪術も得意。
この写真は、スラッタニー県プムリアン市トゥンチャブチャーン寺にあるマー大師の塔である。
Praya Wajeesatayarak (Khum Sriyapi) プラヤー・ヴァチーサタヤラック
(1844〜1914)
マー大師の弟子。本名はカム。1844年生まれ。1906年、プラヤー・ヴァチーサタヤラックという地位をもらった。1914年3月29日逝去。
Master Kimseng (Sunthon Taweesit) タウィーシッ・スントーン
(1890〜1961)
アチャーン・キムセン (タウィーシッ・スントーン氏)は、1890年2月13日生まれ。バンコク出身。14歳の頃
、シンガポールに留学して、柔道やボクシング、フェンシングを習った。帰国した後、ムエタイとタイ剣術の修業のためにサラブリー県とアユタヤ県の境界線の森で2年間を過した。25歳になった後、自分のムエタイ教室を立てて有名になった。1934年以前、中央体育局のムエタイ先生になって、全国でたくさんの弟子をもった。1961年7月22日逝去。
GrandMaster Ketr Sriyapi シーヤーパイ・ケート
(1914〜1978)
1914年11月9日生まれ。プラヤー・ヴァチーサタヤラックの末男として出身。13歳の頃から、学生同士にいじめられたため、護身術の稽古に努めて、父親を含めて12人の先生の稽古を受けた。1921年4月、アチャーン・キムセンの弟子になって、師匠の逝去まで40にわたりムエタイを習っていた。
1948年から1951年にかけて、タマサート・ボクシング・スタジウムの設立に関係した。1952年から、ルムピニ・ボクシング・スタジウムの管理者として勤めていた。70歳の頃には、月刊雑誌 『ファームアンタイ』 にムエタイの歴史や心得に関する記事を書いたので、『ムエタイの大先生』として尊敬された。1978年11月13日逝去。
Master Thong (Thonglor Yalae) チュアチャイヤー・トーン
(1929〜1995)
1929年8月1日生まれ。バンコク出身。少年の頃 、母親の親戚にムエタイを習ったことがある。後、16歳の頃には、アチャーン・ケート(ケート師匠)の弟子になって、リングの拳闘士の生活を始めたが、24歳の頃、お祖母さんの願いのため、リングにかけることをやめた。数年を経って、アチャーン・ケートとアチャーン・キムセンから稽古を受けた後、自分のムエタイ教室を立てた。
1983年、ラームカムヘーン大学の護身術クラブの学生達と出会った。後、タイ護身術クラブ指導先生としてラームカムヘーン大学生に古流ムエタイを教えてきた。1984年
Master Preang (Amornkit Pramoul) プラムアン・アモーンクリット
1958年9月1日生まれ。チャンタブリー県出身。1977年には、バンコクに入ってラームカムヘーン大学の法学部に進学した。大学の頃には、大学の護身術クラブ・ムエタイ部に入会したが、後にチャオラームというタイ武器術部に入会して、1977年から1982年にかけてプッタイサワン流、アッタマート流、プラーンノック流など色々なタイの古流剣術の稽古を受けた。
1983年、クルー・トーン(トーン先生)に出会って、ムエチャイヤーの稽古を受けて、後にクルー・トーンに懇請して大学のタイ武器術部の指導をお願いました。この古流武術の価値を実感したうえで、をチャイヤーラット・パーフユット保存協会を設立しました。1985年、ラームカムヘーン大学を卒業して、内務省の工事局に臨時従業員として勤めて、1986年陸軍に入った。1987年以来、弁講師として勤めるかたわらにムエチャイヤー保存活動を行ってきました。
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